【 研究概要 】
スポーツの目標となる運動を達成するために、従来からの方法では、目標となる動作をしている間に注目し、その動作を見てコーチがコメントすることや、動きをあらわす数式を作って比較していました。しかし、コーチの主観が入ることや、動作をしている個人に注目しているため、格闘技などの対戦相手からの力がかかるスポーツの解析が十分にできていませんでした。本研究成果では、成功させたい動作の直前状態を記録したビッグデータを使って、その動作を成功する要因はどこなのかを見つける手法を開発しました。
本成果では、動作の映像から、外的な要因を含む目標の動作の直前の体勢から、考えうるすべての部位を記録したビッグデータを、χ2(カイ二乗)検定と呼ばれる統計手法に適用し、目標の動作が成功するときの直前姿勢に必要な要因を明らかにする手法XSM(Extraction for Successful Movement) を開発しました。さらに、XSMを柔道の投げ技に適用し、投げが成功する直前体勢を構成する要素(例えば、袖のつかみ方、足の方向、など)の組合せを、世界選手権の映像を元に作成したビッグデータを元に、明らかにしました。
本研究の成果は、今まで知り得なかった直前姿勢からの動きのコツをビッグデータから引き出すことで新たなトレーニング理論を導く手法です。さらに、対戦相手が技に入る前の癖を発見でき、試合での戦略を練ることにも利用できる新しい手法です。
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1. 研究背景
現代のトレーニングでは、映像を用いて、自らの運動を理解することが主流ですが、体格や筋力、状況などの多様性によって、自分の主観やコーチの偏った解釈が入り、画一化できないことが問題です。それを排除するため、動きを捉えるセンサのデータなどを用い、数式での動きのモデルを使った動きのコツを解明する研究が行われてきました。しかし、数式での統計的。経験的パラメタを排除できず、やはり、画一化の難しさが排除できません。さらに、従来の研究では、運動主体への外的な力は考慮されておらず、個人の運動能力に焦点を当てた手法であり、対戦相手のいる格闘技のような競技では、運動のモデル化が出来ていません。そこで、本研究では、対戦相手のいる競技の一つとして柔道に着目し、投げ技を成功するための要因が、投げをし始める前の体勢(組み手)に潜在しているのではないかと予想し、成功する投げ動作と組み手との間の相関を求めることに焦点を当て、研究を実施しました。
2. 研究内容と成果
投げ技の成功要因となりうる部位は、投げる側(取)と投げられる側(受)の直前体勢の身体部位の状態から、考えられるものをできるだけ多く選択します。また、成功を目標とする動きの分類を定義します。そして、要因候補と成功動作の組合わせからなるデータセットを準備します。このデータセットは映像を使って、要因候補をピックアップし、その映像の成功動作の分類と組み合わせて作成します。このデータセットを多数用意し、解析を行います。
解析には、χ2検定を用い、要因候補と成功動作とのあいだの相関を求めます。この解析のあと、検定を行い、相関の高い要因候補を、成功に導く要因として選択し、それらが目標とする動きを誘導する、動作の直前体勢の要素になります。
上述のデータセットの作成の際に、男性、女性、階級、世界ランクといった属性を設定しておくことで、ビッグデータの部分集合に絞ることが可能になります。従って、身体的な多様性や、環境の違いなど、運動に影響を与える多様性を絞り込むことによって、成功への動きの要素の違いを知ることができます。
本研究成果では、柔道の世界選手権の試合映像から781件の投げ技の成功シーンから、組み手の状態を抽出してビッグデータを構築し、それをXSM法により、投げ技を成功に導く直前体勢の要因を抽出しました。それらが既存の柔道の投げ技の動きに導く要因であることスポーツ科学のアプローチから分析し、本手法の有効性を示しました。さらに、性別といったデータの属性によってデータの種類を絞ることで、属性の違いによって異なる組み手の成功要因が抽出されることも確認しました。
3. 今後の展開
投げ技の成功要因となりうる部位は、投げる側(取)と投げられる側(受)の直前体勢の身体部位の本研究の成果は、今まで知り得なかった直前姿勢からの動きのコツをビッグデータから引き出すことで新たなトレーニング理論を導くことが可能になります。さらに、対戦相手が投げ技に入る前の癖を発見でき、試合での戦略を練ることにも利用できる新しい手法です。本研究の成果を用いれば、データをコンピュータで高速計算することで、新たなトレーニング手法や、試合戦略を練ることができることが、今後のスポーツ科学へのブレークスルーをもたらすことができると考えられます。
◆ 用語解説
注1) χ2検定
データの関係性を数値で求めるための数学的手法のひとつ。
注2) ビッグデータ
事象を表現するたくさんの要素の組合せの膨大なデータの塊。
本研究成果では、成功する動作の直前の姿勢の部位の組合せをたくさん集めたデータのセット。
Research articles in Journals and Magazines
- Satoshi Kato, Shinichi Yamagiwa. Predicting Successful Throwing Technique in Judo from Factors of Kumite Posture Based on a Machine-Learning Approach, Computation, 175, (2022-09-29), DOI:10.3390/computation10100175
- Satoshi Kato, Shinichi Yamagiwa. Statistical Extraction Method for Revealing Key Factors from Posture before Initiating Successful Throwing Technique in Judo, Sensors, 5884, (2021-09-01), DOI:10.3390/s21175884
プレスリリース
柔道の投技の成功要因を直前の体勢から発見する手法を開発 〜スポーツ技能上達のコツをビッグデータから探る〜 – TSUKUBA JOURNAL –
研究資金
JSTさきがけの研究プロジェクトの一環として実施されました。